塩見みゆき通信

市政の情報や千里丘地域、岸部・南正雀地域の活動をご紹介します。

益城町ボランティア 井口さんのことが地元の新聞で紹介されました

河北新報 4月22日 10時8分配信
温かい看護の手 石巻の経験再び

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炊き出しの昼食の温かいうどんを森本さん夫妻へ届ける井口さん(左)=2016年4月20日午後0時15分ごろ、熊本県益城町総合体育館
 東日本大震災で被災者を支援した看護師が、熊本地震で大きな被害が出た熊本県益城(ましき)町の避難所でボランティアとして活動している。「困っているなら、どんなに小さなことでも手助けしたい」。地震発生から21日で1週間。京都市山科区の井口加代子さん(61)は震災の最大被災地宮城県石巻市で活動した時と同様、高齢者らに優しく手を差し伸べる。
 「温かいうどん、持ってきましたよ」。避難者であふれる町総合体育館。体の自由が利かない森本重人さん(96)、妻キヌ子さん(86)は食事を受け取る列に並ぶのに苦労する。井口さんが代わりに列に並び、手元に届けた。
 森本さん夫妻は体育館の通路で寝泊まりする。2人とも脚が悪い。キヌ子さんは慣れない場所で、重人さんのおむつ替えに四苦八苦していた。そんな時、声を掛けて介添えした。「こんなありがたいことはない。本当に助かっている」。キヌ子さんは感謝した。
 自主的に、避難所の障害者や高齢者を中心に膝を交える。周囲の人が気付きにくい困り事、悩み事を引き出して援助する。長年、障害者や高齢者の施設で働き、自ら意思表示することが困難な人を見てきたからだ。
 震災時は2011年5月に10日間、石巻市桃生小の避難所で健康相談のボランティアをした。「腰を据えて支援したい」。いったん京都に戻り、仕事を辞めて12年2月~13年7月、石巻に移り住んだ。
 仮設住宅を医師と一緒に巡回した。その後、市の委託を受けて市内約600世帯の在宅被災者を訪ね、健康状態の確認に奔走した。困っていても表に出さない人に心を配った。
 今回は仕事を休み、京都から車で12時間。自ら運転して18日、現地に入った。余震が続き地元以外のボランティアはまだ少ない。
 「困っている人は必ずいる。ニーズがあることは石巻の経験から知っている。やれることはある」 震災では、食料不足がしばらく続いた避難所があった。津波被害はなく、状況が異なる熊本でも生きる糧となる食事を受け取ることすら容易でない人がいた。
 「小さなことでも、本人にとっては大きな障壁になっていることがある。私にできることで負担を和らげられたら」(報道部・河添結日)

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[ 2016/04/23 15:28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)
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